どんしんち》の三毒を具えねばならぬ。聖者は五欲を放たれても、三毒の害は受けられぬのじゃ。して見ればおれの知慧《ちえ》の光も、五欲のために曇ったと云え、消えはしなかったと云わねばなるまい。――が、それはともかくも、おれはこの島へ渡った当座、毎日|忌々《いまいま》しい思いをしていた。」
「それはさぞかし御難儀《ごなんぎ》だったでしょう。御食事は勿論、御召し物さえ、御不自由勝ちに違いありませんから。」
「いや、衣食は春秋《はるあき》二度ずつ、肥前《ひぜん》の国|鹿瀬《かせ》の荘《しょう》から、少将のもとへ送って来た。鹿瀬の荘は少将の舅《しゅうと》、平《たいら》の教盛《のりもり》の所領の地じゃ。その上おれは一年ほどたつと、この島の風土にも慣れてしまった。が、忌々《いまいま》しさを忘れるには、一しょに流された相手が悪い。丹波《たんば》の少将|成経《なりつね》などは、ふさいでいなければ居睡《いねむ》りをしていた。」
「成経様は御年若でもあり、父君の御不運を御思いになっては、御歎きなさるのもごもっともです。」
「何、少将はおれと同様、天下はどうなってもかまわぬ男じゃ。あの男は琵琶《びわ》でも掻《か》
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