理するとなれば、浄海入道より数段下じゃ。内府も始終病身じゃと云うが、平家一門のためを計《はか》れば、一日も早く死んだが好《よ》い。その上またおれにしても、食色《じきしき》の二性を離れぬ事は、浄海入道と似たようなものじゃ。そう云う凡夫《ぼんぷ》の取った天下は、やはり衆生《しゅじょう》のためにはならぬ。所詮人界《しょせんにんがい》が浄土になるには、御仏《みほとけ》の御天下《おんてんか》を待つほかはあるまい。――おれはそう思っていたから、天下を計る心なぞは、微塵《みじん》も貯えてはいなかった。」
「しかしあの頃は毎夜のように、中御門高倉《なかみかどたかくら》の大納言様《だいなごんさま》へ、御通いなすったではありませんか?」
わたしは御不用意を責めるように、俊寛様の御顔を眺めました、ほんとうに当時の御主人は、北《きた》の方《かた》の御心配も御存知ないのか、夜は京極《きょうごく》の御屋形《おやかた》にも、滅多《めった》に御休みではなかったのです。しかし御主人は不相変《あいかわらず》、澄ました御顔をなすったまま、芭蕉扇《ばしょうせん》を使っていらっしゃいました。
「そこが凡夫の浅ましさじゃ。ちょ
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