母さえ捨て、兄弟にも仔細《しさい》は話さずに、はるばるこの島へ渡って来たのは、そのためばかりではありませんか? わたしはそうおっしゃられるほど、命が惜いように見えるでしょうか? わたしはそれほど恩義を知らぬ、人非人《にんぴにん》のように見えるでしょうか? わたしはそれほど、――」
「それほど愚かとは思わなかった。」
御主人はまた前のように、にこにこ御笑いになりました。
「お前がこの島に止《とど》まっていれば、姫の安否《あんぴ》を知らせるのは、誰がほかに勤めるのじゃ? おれは一人でも不自由はせぬ。まして梶王《かじおう》と云う童《わらべ》がいる。――と云ってもまさか妬《ねた》みなぞはすまいな? あれは便りのないみなし児じゃ。幼い島流しの俊寛じゃ。お前は便船のあり次第、早速《さっそく》都へ帰るが好《よ》い。その代り今夜は姫への土産《みやげ》に、おれの島住いがどんなだったか、それをお前に話して聞かそう。またお前は泣いているな? よしよし、ではやはり泣きながら、おれの話を聞いてくれい。おれは独り笑いながら、勝手に話を続けるだけじゃ。」
俊寛様は悠々と、芭蕉扇《ばしょうせん》を御使いなさりなが
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