上げました。それはこの島へ渡るものには、門司《もじ》や赤間《あかま》が関《せき》を船出する時、やかましい詮議《せんぎ》があるそうですから、髻《もとどり》に隠して来た御文《おふみ》なのです。御主人は早速《さっそく》燈台の光に、御消息をおひろげなさりながら、ところどころ小声に御読みになりました。
「……世の中かきくらして晴るる心地なく侍《はべ》り。……さても三人《みたり》一つ島に流されけるに、……などや御身《おんみ》一人残り止まり給うらんと、……都には草のゆかりも枯れはてて、……当時は奈良の伯母御前の御許《おんもと》に侍り。……おろそかなるべき事にはあらねど、かすかなる住居《すまい》推《お》し量《はか》り給え。……さてもこの三とせまで、いかに御心《みこころ》強く、有《う》とも無《む》とも承わらざるらん。……とくとく御上《おんのぼ》り候え。恋しとも恋し。ゆかしともゆかし。……あなかしこ、あなかしこ。……」
 俊寛様は御文を御置きになると、じっと腕組みをなすったまま、大きい息をおつきになりました。
「姫はもう十二になった筈じゃな。――おれも都には未練《みれん》はないが、姫にだけは一目会いたい。
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