習《ごきんじゅ》は皆逃げ去った事、京極《きょうごく》の御屋形《おやかた》や鹿《しし》ヶ谷《たに》の御山荘も、平家《へいけ》の侍に奪われた事、北《きた》の方《かた》は去年の冬、御隠れになってしまった事、若君も重い疱瘡《もがさ》のために、その跡を御追いなすった事、今ではあなたの御家族の中でも、たった一人|姫君《ひめぎみ》だけが、奈良《なら》の伯母御前《おばごぜ》の御住居《おすまい》に、人目を忍んでいらっしゃる事、――そう云う御話をしている内に、わたしの眼にはいつのまにか、燈台の火影《ほかげ》が曇って来ました。軒先の簾《すだれ》、廚子《ずし》の上の御仏《みほとけ》、――それももうどうしたかわかりません。わたしはとうとう御話|半《なか》ばに、その場へ泣き沈んでしまいました。御主人は始終|黙然《もくねん》と、御耳を傾けていらしったようです。が、姫君の事を御聞きになると、突然さも御心配そうに、法衣《ころも》の膝を御寄せになりました。
「姫はどうじゃ? 伯母御前にはようなついているか?」
「はい。御睦《おむつま》しいように存じました。」
わたしは泣く泣く俊寛様へ、姫君の御消息《ごしょうそく》をさし
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