ていた。それが男は、たいてい、うすぎたない日本の浴衣《ゆかた》をひっかけている。いつか本郷座《ほんごうざ》へ出た連中であるが、こうして日のかんかん照りつける甲板に、だらしのない浴衣がけで、集っているのを見ると、はなはだ、ふるわない。中には、赤い頭巾《ずきん》をかぶった女役者や半ズボンをはいた子供も、まじっていた。――すると、その連中が、突然声をそろえて、何か歌をうたいだした。やはり浴衣がけの背の高い男が、バトンを持っているような手つきで、拍子《ひょうし》をとっているのが見える。ジョオンズは、歌の一節がきれるたびに、うなずいて「グッド」と言った。が何がグッドなのだが、僕にはわからない。
船のほうは、その通り陽気だが、波止場のほうはなかなかそうはいかない。どっちを見ても泣いている人が、大ぜいある。君のおかあさんも、泣いていられた。妹たちも泣いていたらしい。涙は見えなくとも、泣かないばかりの顔は、そこにもここにもある。ことに、フロックコオトに山高帽子《やまたかぼうし》をかぶった、年よりの異人《いじん》が、手をあげて、船の方を招くようなまねをしていたのは、はなはだ小説らしい心もちがした。
「
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