出帆
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)成瀬《なるせ》君
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(例)[#地から1字上げ](大正五年九月)
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成瀬《なるせ》君
君に別れてから、もう一月《ひとつき》の余になる。早いものだ。この分では、存外容易に、君と僕らとを隔てる五、六年が、すぎ去ってしまうかもしれない。
君が横浜を出帆した日、銅鑼《どら》が鳴って、見送りに来た連中が、皆、梯子《はしご》伝いに、船から波止場《はとば》へおりると、僕はジョオンズといっしょになった。もっとも、さっき甲板《かんぱん》ではちょいと姿を見かけたが、その後、君の船室へもサロンへも顔を出さなかったので、僕はもう帰ったのかと思っていた。ところが、先生、僕をつかまえると、大元気《だいげんき》で、ここへ来るといつでも旅がしたくなるとか、己《おれ》も来年かさ来年はアメリカへ行くとか、いろんなことを言う。僕はいいかげんな返事をしながら、はなはだ、煮切らない態度で、お相手をつとめていた。第一、ばかに暑い。それから、胃がしくしく、痛む。とうてい彼のしゃべる英語を
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