家を訪れてみました。すると墻《かき》に絡《から》んだ蔦《つた》や庭に茂った草の色は、以前とさらに変りません。が、取次ぎの小厮《しょうし》に聞けば、主人は不在だということです。翁は主人に会わないにしろ、もう一度あの秋山図を見せてもらうように頼みました。しかし何度頼んでみても、小厮は主人の留守《るす》を楯《たて》に、頑《がん》として奥へ通しません。いや、しまいには門を鎖《とざ》したまま、返事さえろくにしないのです。そこで翁はやむを得ず、この荒れ果てた家のどこかに、蔵している名画を想いながら、惆悵《ちゅうちょう》と独《ひと》り帰って来ました。
 ところがその後《ご》元宰《げんさい》先生に会うと、先生は翁に張氏《ちょうし》の家には、大癡の秋山図があるばかりか、沈石田《しんせきでん》の雨夜止宿図《うやししゅくず》や自寿図《じじゅず》のような傑作も、残っているということを告げました。
「前にお話するのを忘れたが、この二つは秋山図同様、※[#「糸+貴」、174−下−19]苑《かいえん》の奇観とも言うべき作です。もう一度私が手紙を書くから、ぜひこれも見ておおきなさい」
 煙客翁はすぐに張氏の家へ、急の
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