次ぎに出て来た小厮《しょうし》に、ともかくも黄一峯の秋山図を拝見したいという、遠来の意を伝えた後《のち》、思白《しはく》先生が書いてくれた紹介状を渡しました。
すると間もなく煙客翁は、庁堂《ちょうどう》へ案内されました。ここも紫檀《したん》の椅子《いす》机が、清らかに並べてありながら、冷たい埃《ほこり》の臭《にお》いがする、――やはり荒廃《こうはい》の気が鋪甎《ほせん》の上に、漂っているとでも言いそうなのです。しかし幸い出て来た主人は、病弱らしい顔はしていても、人がらの悪い人ではありません。いや、むしろその蒼白《あおじろ》い顔や華奢《きゃしゃ》な手の恰好なぞに、貴族らしい品格が見えるような人物なのです。翁はこの主人とひととおり、初対面の挨拶《あいさつ》をすませると、早速名高い黄一峯を見せていただきたいと言いだしました。何でも翁の話では、その名画がどういう訳か、今の内に急いで見ておかないと、霧のように消えてでもしまいそうな、迷信じみた気もちがしたのだそうです。
主人はすぐに快諾《かいだく》しました。そうしてその庁堂の素壁《そへき》へ、一幀《いっとう》の画幅《がふく》を懸《か》けさせま
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