した。
「これがお望みの秋山図です」
 煙客翁《えんかくおう》はその画《え》を一目見ると、思わず驚嘆《きょうたん》の声を洩らしました。
 画は青緑《せいりょく》の設色《せっしょく》です。渓《たに》の水が委蛇《いい》と流れたところに、村落や小橋《しょうきょう》が散在している、――その上に起した主峯の腹には、ゆうゆうとした秋の雲が、蛤粉《ごふん》の濃淡を重ねています。山は高房山《こうぼうざん》の横点《おうてん》を重ねた、新雨《しんう》を経たような翠黛《すいたい》ですが、それがまた※[#「石+朱」、第3水準1−89−1]《しゅ》を点じた、所々《しょしょ》の叢林《そうりん》の紅葉《こうよう》と映発している美しさは、ほとんど何と形容して好《い》いか、言葉の着けようさえありません。こういうとただ華麗《かれい》な画のようですが、布置《ふち》も雄大を尽していれば、筆墨《ひつぼく》も渾厚《こんこう》を極《きわ》めている、――いわば爛然《らんぜん》とした色彩の中《うち》に、空霊澹蕩《くうれいたんとう》の古趣が自《おのずか》ら漲《みなぎ》っているような画なのです。
 煙客翁はまるで放心したように、いつまでも
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