けしき》が見えたものです。
そこへちょうど来合せたのは、私に秋山の神趣を説いた、あの煙客先生です。翁は王氏に会釈《えしゃく》をする間《ま》も、嬉しそうな微笑を浮べていました。
「五十年|前《ぜん》に秋山図を見たのは、荒れ果てた張氏の家でしたが、今日《きょう》はまたこういう富貴《ふうき》のお宅に、再びこの図とめぐり合いました。まことに意外な因縁です」
煙客翁はこう言いながら、壁上の大癡《たいち》を仰ぎ見ました。この秋山がかつて翁の見た秋山かどうか、それはもちろん誰よりも翁自身が明らかに知っているはずです。ですから私も王氏同様、翁がこの図を眺める容子《ようす》に、注意深い眼を注いでいました。すると果然《かぜん》翁の顔も、みるみる曇ったではありませんか。
しばらく沈黙が続いた後《のち》、王氏はいよいよ不安そうに、おずおず翁へ声をかけました。
「どうです? 今も石谷《せきこく》先生は、たいそう褒《ほ》めてくれましたが、――」
私は正直な煙客翁が、有体《ありてい》な返事をしはしないかと、内心|冷《ひ》や冷《ひ》やしていました。しかし王氏を失望させるのは、さすがに翁も気の毒だったのでしょう
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