何人《なんぴと》も、これほど皴点《しゅんてん》を加えながら、しかも墨を活《い》かすことは――これほど設色《せっしょく》を重くしながら、しかも筆が隠れないことは、できないのに違いありません。しかし――しかしこの秋山図は、昔一たび煙客翁が張氏の家に見たという図と、たしかに別な黄一峯《こういっぽう》です。そうしてその秋山図《しゅうざんず》よりも、おそらくは下位にある黄一峯です。
私《わたし》の周囲には王氏を始め、座にい合せた食客《しょっかく》たちが、私の顔色《かおいろ》を窺《うかが》っていました。ですから私は失望の色が、寸分《すんぶん》も顔へ露《あら》われないように、気を使う必要があったのです。が、いくら努めてみても、どこか不服な表情が、我知らず外へ出たのでしょう。王氏はしばらくたってから、心配そうに私へ声をかけました。
「どうです?」
私は言下《ごんか》に答えました。
「神品です。なるほどこれでは煙客《えんかく》先生が、驚倒《きょうとう》されたのも不思議はありません」
王氏はやや顔色を直しました。が、それでもまだ眉《まゆ》の間には、いくぶんか私の賞讃《しょうさん》に、不満らしい気色《
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