氏の庭の牡丹《ぼたん》が、玉欄《ぎょくらん》の外《そと》に咲き誇った、風のない初夏の午過《ひるす》ぎです。私は王氏の顔を見ると、揖《ゆう》もすますかすまさない内に、思わず笑いだしてしまいました。
「もう秋山図はこちらの物です。煙客先生もあの図では、ずいぶん苦労をされたものですが、今度こそはご安心なさるでしょう。そう思うだけでも愉快です」
王氏も得意満面でした。
「今日《きょう》は煙客先生や廉州《れんしゅう》先生も来られるはずです。が、まあ、お出でになった順に、あなたから見てもらいましょう」
王氏は早速かたわらの壁に、あの秋山図を懸《か》けさせました。水に臨んだ紅葉《こうよう》の村、谷を埋《うず》めている白雲《はくうん》の群《むれ》、それから遠近《おちこち》に側立《そばだ》った、屏風《びょうぶ》のような数峯の青《せい》、――たちまち私の眼の前には、大癡老人が造りだした、天地よりもさらに霊妙な小天地が浮び上ったのです。私は胸を躍《おど》らせながら、じっと壁上の画を眺めました。
この雲煙邱壑《うんえんきゅうがく》は、紛《まぎ》れもない黄一峯《こういっぽう》です、癡翁《ちおう》を除いては
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