。翁は秋山を見終ると、叮嚀《ていねい》に王氏へ答えました。
「これがお手にはいったのは、あなたのご運が好《よ》いのです。ご家蔵《かぞう》の諸宝《しょほう》もこの後《のち》は、一段と光彩を添えることでしょう」
 しかし王氏はこの言葉を聞いても、やはり顔の憂色《ゆうしょく》が、ますます深くなるばかりです。
 その時もし廉州《れんしゅう》先生が、遅《おく》れ馳《ば》せにでも来なかったなら、我々はさらに気まずい思いをさせられたに違いありません。しかし先生は幸いにも、煙客翁の賞讃が渋りがちになった時、快活に一座へ加わりました。
「これがお話の秋山図ですか?」
 先生は無造作《むぞうさ》な挨拶《あいさつ》をしてから、黄一峯《こういっぽう》の画《え》に対しました。そうしてしばらくは黙然《もくねん》と、口髭《くちひげ》ばかり噛《か》んでいました。
「煙客先生《えんかくせんせい》は五十年|前《ぜん》にも、一度この図をご覧になったそうです」
 王氏はいっそう気づかわしそうに、こう説明を加えました。廉州《れんしゅう》先生はまだ翁から、一度も秋山《しゅうざん》の神逸《しんいつ》を聞かされたことがなかったのです
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