」
王石谷は今度は茶も啜《すす》らずに、※[#「女+尾」、第3水準1−15−81]々《びび》と話を続けだした。
* * *
煙客翁が私《わたし》にこの話を聴かせたのは、始めて秋山図を見た時から、すでに五十年近い星霜《せいそう》を経過した後《のち》だったのです。その時は元宰《げんさい》先生も、とうに物故《ぶっこ》していましたし、張氏《ちょうし》の家でもいつの間《ま》にか、三度まで代が変っていました。ですからあの秋山図も、今は誰の家に蔵されているか、いや、未《いまだ》に亀玉《きぎょく》の毀《やぶ》れもないか、それさえ我々にはわかりません。煙客翁は手にとるように、秋山図の霊妙を話してから、残念そうにこう言ったものです。
「あの黄一峯は公孫大嬢《こうそんたいじょう》の剣器《けんき》のようなものでしたよ。筆墨はあっても、筆墨は見えない。ただ何とも言えない神気《しんき》が、ただちに心に迫って来るのです。――ちょうど龍翔《りょうしょう》の看《かん》はあっても、人や剣《つるぎ》が我々に見えないのと同じことですよ」
それから一月《ひとつき》ばかりの後《のち》、そろそ
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