ろ春風《しゅんぷう》が動きだしたのを潮《しお》に、私は独り南方へ、旅をすることになりました。そこで翁《おう》にその話をすると、
「ではちょうど好《い》い機会だから、秋山《しゅうざん》を尋ねてご覧《らん》なさい。あれがもう一度世に出れば、画苑《がえん》の慶事《けいじ》ですよ」と言うのです。
私ももちろん望むところですから、早速翁を煩《わずら》わせて、手紙を一本書いてもらいました。が、さて遊歴《ゆうれき》の途《と》に上ってみると、何かと行く所も多いものですから、容易に潤州《じゅんしゅう》の張氏の家を訪れる暇《ひま》がありません。私は翁の書を袖《そで》にしたなり、とうとう子規《ほととぎす》が啼《な》くようになるまで、秋山《しゅうざん》を尋ねずにしまいました。
その内にふと耳にはいったのは、貴戚《きせき》の王氏《おうし》が秋山図を手に入れたという噂《うわさ》です。そういえば私《わたし》が遊歴中、煙客翁《えんかくおう》の書を見せた人には、王氏を知っているものも交《まじ》っていました。王氏はそういう人からでも、あの秋山図が、張氏《ちょうし》の家に蔵してあることを知ったのでしょう。何でも坊間《ぼ
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