閣を仰ぐとともに「松平直政《まつだいらなおまさ》公銅像建設之地」と書いた大きな棒《ぼう》ぐいを見ないわけにはゆかなかった。否、ひとり、棒ぐいのみではない。そのかたわらの鉄網《かなあみ》張りの小屋の中に古色を帯びた幾面かのうつくしい青銅の鏡が、銅像鋳造の材料として積み重ねてあるのも見ないわけにはゆかなかった。梵鐘《ぼんしょう》をもって大砲を鋳《い》たのも、危急の際にはやむをえないことかもしれない。しかし泰平の時代に好んで、愛すべき過去の美術品を破壊する必要がどこにあろう。ましてその目的は、芸術的価値において卑しかるべき区々たる小銅像の建設にあるのではないか。自分はさらに同じような非難を嫁が島の防波工事にも加えることを禁じえない。防波工事の目的が、波浪の害を防いで嫁が島の風趣を保存せしめるためであるとすれば、かくのごとき無細工な石がきの築造は、その風趣を害する点において、まさしく当初の目的に矛盾するものである。「一幅淞波《いっぷくのしょうは》誰剪取《たれかせんしゅせん》 春潮痕《しゅんちょうのあとは》似嫁時衣《にたりかじのい》」とうたった詩人|石※[#「土へん+逮のつくり」、第3水準1−1
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