うや[#「つうや」に傍点](保吉は彼女をこう呼んでいた)は彼を顧みながら、人通りの少い道の上を指《ゆびさ》した。土埃《つちほこり》の乾いた道の上にはかなり太い線が一すじ、薄うすと向うへ走っている。保吉は前にも道の上にこう云う線を見たような気がした。しかし今もその時のように何かと云うことはわからなかった。
「何でしょう? 坊ちゃん、考えて御覧なさい。」
これはつうや[#「つうや」に傍点]の常套《じょうとう》手段である。彼女は何を尋ねても、素直《すなお》に教えたと云うことはない。必ず一度は厳格《げんかく》に「考えて御覧なさい」を繰り返すのである。厳格に――けれどもつうや[#「つうや」に傍点]は母のように年をとっていた訣《わけ》でもなんでもない。やっと十五か十六になった、小さい泣黒子《なきぼくろ》のある小娘《こむすめ》である。もとより彼女のこう云ったのは少しでも保吉の教育に力を添《そ》えたいと思ったのであろう。彼もつうや[#「つうや」に傍点]の親切には感謝したいと思っている。が、彼女もこの言葉の意味をもっとほんとうに知っていたとすれば、きっと昔ほど執拗《しつよう》に何にでも「考えて御覧なさ
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