い」を繰り返す愚《ぐ》だけは免《まぬか》れたであろう。保吉は爾来《じらい》三十年間、いろいろの問題を考えて見た。しかし何もわからないことはあの賢いつうや[#「つうや」に傍点]と一しょに大溝の往来を歩いた時と少しも変ってはいないのである。……
「ほら、こっちにももう一つあるでしょう? ねえ、坊ちゃん、考えて御覧なさい。このすじは一体何でしょう?」
つうや[#「つうや」に傍点]は前のように道の上を指《ゆびさ》した。なるほど同じくらい太い線が三尺ばかりの距離を置いたまま、土埃《つちほこり》の道を走っている。保吉は厳粛に考えて見た後《のち》、とうとうその答を発明した。
「どこかの子がつけたんだろう、棒か何か持って来て?」
「それでも二本並んでいるでしょう?」
「だって二人《ふたり》でつけりゃ二本になるもの。」
つうや[#「つうや」に傍点]はにやにや笑いながら、「いいえ」と云う代りに首を振った。保吉は勿論不平だった。しかし彼女は全知である。云わば Delphi の巫女《みこ》である。道の上の秘密《ひみつ》もとうの昔に看破《かんぱ》しているのに違いない。保吉はだんだん不平の代りにこの二《ふた》
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