……
「開戦!」
 この時こう云う声を挙げたのは表門《おもてもん》の前に陣取った、やはり四五人の敵軍である。敵軍はきょうも弁護士の子の松本《まつもと》を大将にしているらしい。紺飛白《こんがすり》の胸に赤シャツを出した、髪の毛を分けた松本は開戦の合図《あいず》をするためか、高だかと学校帽をふりまわしている。
「開戦!」
 画札《えふだ》を握った保吉は川島の号令のかかると共に、誰よりも先へ吶喊《とっかん》した。同時にまた静かに群がっていた鳩は夥《おびただ》しい羽音《はおと》を立てながら、大まわりに中《なか》ぞらへ舞い上った。それから――それからは未曾有《みぞう》の激戦である。硝煙《しょうえん》は見る見る山をなし、敵の砲弾は雨のように彼等のまわりへ爆発した。しかし味《み》かたは勇敢にじりじり敵陣へ肉薄《にくはく》した。もっとも敵の地雷火《じらいか》は凄《すさ》まじい火柱《ひばしら》をあげるが早いか、味かたの少将を粉微塵《こなみじん》にした。が、敵軍も大佐を失い、その次にはまた保吉の恐れる唯一の工兵を失ってしまった。これを見た味かたは今までよりも一層猛烈に攻撃をつづけた。――と云うのは勿論事実
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