屋の子の小栗《おぐり》はただの工兵《こうへい》、堀川保吉《ほりかわやすきち》は地雷火《じらいか》である。地雷火は悪い役ではない。ただ工兵にさえ出合わなければ、大将をも俘《とりこ》に出来る役である。保吉は勿論《もちろん》得意だった。が、円《まろ》まろと肥《ふと》った小栗は任命の終るか終らないのに、工兵になる不平を訴え出した。
「工兵じゃつまらないなあ。よう、川島さん。あたいも地雷火にしておくれよ、よう。」
「お前はいつだって俘になるじゃないか?」
 川島は真顔《まがお》にたしなめた。けれども小栗はまっ赤になりながら、少しも怯《ひる》まずに云い返した。
「嘘をついていらあ。この前に大将を俘《とりこ》にしたのだってあたいじゃないか?」
「そうか? じゃこの次には大尉にしてやる。」
 川島はにやりと笑ったと思うと、たちまち小栗を懐柔《かいじゅう》した。保吉は未《いまだ》にこの少年の悪智慧《わるぢえ》の鋭さに驚いている。川島は小学校も終らないうちに、熱病のために死んでしまった。が、万一死なずにいた上、幸いにも教育を受けなかったとすれば、少くとも今は年少気鋭の市会議員か何かになっていたはずである。
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