ない人通りを映《うつ》している。が、玩具屋の店の中は――殊にこの玩具の空箱《あきばこ》などを無造作《むぞうさ》に積み上げた店の隅は日の暮の薄暗さと変りはない。保吉はここへ来た時に何か気味悪さに近いものを感じた。しかし今は幻燈に――幻燈を映して見せる主人にあらゆる感情を忘れている。いや、彼の後ろに立った父の存在さえ忘れている。
「ランプを入れて頂きますと、あちらへああ月が出ますから[#「月が出ますから」に傍点]、――」
 やっと腰を起した主人は保吉と云うよりもむしろ父へ向うの白壁《しらかべ》を指し示した。幻燈はその白壁の上へちょうど差渡《さしわた》し三尺ばかりの光りの円を描《えが》いている。柔かに黄ばんだ光りの円はなるほど月に似ているかも知れない。が、白壁の蜘蛛《くも》の巣や埃《ほこり》もそこだけはありありと目に見えている。
「こちらへこう画《え》をさすのですな。」
 かたりと云う音の聞えたと思うと、光りの円はいつのまにかぼんやりと何か映している。保吉は金属の熱する匂《におい》に一層好奇心を刺戟《しげき》されながら、じっとその何かへ目を注いだ。何か、――まだそこに映ったものは風景か人物か
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