う一つ重大な発見をした。それは誰も代赭色の海には、――人生に横わる代赭色の海にも目をつぶり易いと云うことである。」
けれどもこれは事実ではない。のみならず満潮は大森の海にも青い色の浪《なみ》を立たせている。すると現実とは代赭色の海か、それともまた青い色の海か? 所詮《しょせん》は我々のリアリズムも甚だ当《あて》にならぬと云うほかはない。かたがた保吉は前のような無技巧に話を終ることにした。が、話の体裁《ていさい》は?――芸術は諸君の云うように何よりもまず内容である。形容などはどうでも差支えない。
五 幻燈
「このランプへこう火をつけて頂きます。」
玩具屋《おもちゃや》の主人は金属製のランプへ黄色いマッチの火をともした。それから幻燈《げんとう》の後《うし》ろの戸をあけ、そっとそのランプを器械の中へ移した。七歳《しちさい》の保吉《やすきち》は息もつかずに、テエブルの前へ及び腰になった主人の手もとを眺めている。綺麗《きれい》に髪を左から分けた、妙に色の蒼白い主人の手もとを眺めている。時間はやっと三時頃であろう。玩具屋の外の硝子《ガラス》戸は一ぱいに当った日の光りの中に絶え間の
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