に食った。それから感謝の意を表するため、こう父へ話しかけた。
「さっきはよそのお師匠さん、今度は僕がお目出度なった!」
 父は勿論、母や伯母も一時にどっと笑い出した。が、必ずしもその笑いは機智《きち》に富んだ彼の答を了解したためばかりでもないようである。この疑問は彼の自尊心に多少の不快を感じさせた。けれども父を笑わせたのはとにかく大手柄《おおてがら》には違いない。かつまた家中《かちゅう》を陽気にしたのもそれ自身甚だ愉快である。保吉はたちまち父と一しょに出来るだけ大声に笑い出した。
 すると笑い声の静まった後《のち》、父はまだ微笑を浮べたまま、大きい手に保吉の頸《くび》すじをたたいた。
「お目出度なると云うことはね、死んでしまうと云うことだよ。」
 あらゆる答は鋤《すき》のように問の根を断《た》ってしまうものではない。むしろ古い問の代りに新らしい問を芽ぐませる木鋏《きばさみ》の役にしか立たぬものである。三十年|前《ぜん》の保吉も三十年|後《ご》の保吉のように、やっと答を得たと思うと、今度はそのまた答の中に新しい問を発見した。
「死んでしまうって、どうすること?」
「死んでしまうと云うこと
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