》「いいえ」を繰り返している。
「よう、教えておくれよう。ようってば。つうや[#「つうや」に傍点]。莫迦《ばか》つうや[#「つうや」に傍点]め!」
保吉はとうとう癇癪《かんしゃく》を起した。父さえ彼の癇癪には滅多《めった》に戦《たたかい》を挑《いど》んだことはない。それはずっと守《も》りをつづけたつうや[#「つうや」に傍点]もまた重々《じゅうじゅう》承知しているが、彼女はやっとおごそかに道の上の秘密を説明した。
「これは車の輪の跡《あと》です。」
これは車の輪の跡です! 保吉は呆気《あっけ》にとられたまま、土埃《つちほこり》の中に断続した二すじの線を見まもった。同時に大沙漠の空想などは蜃気楼《しんきろう》のように消滅した。今はただ泥だらけの荷車が一台、寂しい彼の心の中《うち》におのずから車輪をまわしている。……
保吉は未《いま》だにこの時受けた、大きい教訓を服膺《ふくよう》している。三十年来考えて見ても、何《なに》一つ碌《ろく》にわからないのはむしろ一生の幸福かも知れない。
三 死
これもその頃の話である。晩酌《ばんしゃく》の膳《ぜん》に向った父は六兵衛《ろくべえ
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