一生を送らんとせば、小説家は如何なる才能よりも処世的才能を錬鍛すべし。但しそは戞々《かつかつ》たる独造底の作品を残す所以とは同意義にあらず。(矛盾せざるも亦勿論なり。)処世的才能とは上は運命を支配するより(但し支配し得るや否やを保証せず。)下は如何なる阿呆をも丁寧にとり扱ふに至るものなり。
七 文芸は文章に表現を托する芸術なり。従つて文章を錬鍛するは勿論小説家は怠るべからず。若し一つの言葉の美しさに恍惚たること能はざるものは、小説家たる資格の上に多少の欠点ありと覚悟すべし。西鶴の「阿蘭陀西鶴」の名を得たるは必しも一時代の小説上の約束を破りたる為にあらず。彼の俳諧より悟入したる言葉の美しさを知りゐたる為なり。
八 一時代に於ける一国の小説はおのづから種々の約束のもとにあり。(こは歴史の決定する所による。)小説家たらんとするものは努めてこの約束に従ふべし。この約束に従ふ利益は一に前人の肩の上に乗りて自己の小説を作り得ること、二に真面目に見ゆる為に文壇の犬どもに吼へられざることなり。但しこれ亦独造底の作品を残すことと同意義にあらず。(矛盾せざるは言を俟たず。)天才にはかかる約束を脚下に蹂
前へ
次へ
全5ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング