ヌに疎《うと》い僕は永久にこんなことには気がつかなかつたかも知れない。或は又千九百十年位におのづから気づいてゐたかも知れない。)
この法律上の不備に応ずる途は菊池寛のしたやうに、或は又ショオのしたやうに、戯曲になる小説のあつた時には作者自身戯曲に書直すことである。しかし戯曲を書かない作者は(一例を挙げれば僕の如き)おいそれと書直しの出来るものではない。するとかう云ふ一群の作者は丁度乱世の民のやうに、野武士の切取り強盗にも黙従しなければならない訳である。これは大正の聖代にも似合はぬ物騒さ加減と云はなければならぬ。
その外著作権の所在なども法規大全を覗いた限りでは甚《はなは》だ曖昧に出来てゐるらしい。兎に角我我売文業者は余り今日の法律の御恩を蒙つてゐないことは確かである。
もう一つ次手《ついで》に考へられることは作者自身の小説を戯曲に書直す可否である。たとへば菊池は「義民甚兵衛」を小説から戯曲へ書直した。が、「義民甚兵衛」なるものは小説の形式に表現すべきものか、それとも亦戯曲の形式に表現すべきものかと云ふことは予め菊池の考へる、或は考へなければならぬことである。それを前には小説にし、
前へ
次へ
全6ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング