い赭《あか》ら顔。――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範《もはん》らしい、好印象を与えた容子《ようす》だった。将軍はそこに立ち止まったまま、熱心になお話し続けた。
「今打っている砲台があるな。今夜お前たちはあの砲台を、こっちの物にしてしまうのじゃ。そうすると予備隊は、お前たちの行った跡《あと》から、あの界隈《かいわい》の砲台をみんな手に入れてしまうのじゃ。何でも一遍《いっぺん》にあの砲台へ、飛びつく心にならなければいかん。――」
そう云う内に将軍の声には、いつか多少戯曲的な、感激の調子がはいって来た。
「好《よ》いか? 決して途中に立ち止まって、射撃なぞをするじゃないぞ。五尺の体を砲弾だと思って、いきなりあれへ飛びこむのじゃ、頼んだぞ。どうか、しっかりやってくれ。」
将軍は「しっかり」の意味を伝えるように、堀尾一等卒の手を握った。そうしてそこを通り過ぎた。
「嬉しくもねえな。――」
堀尾一等卒は狡猾《こうかつ》そうに、将軍の跡《あと》を見送りながら、田口一等卒へ目交《めくば》せをした。
「え、おい。あんな爺《じい》さんに手を握られたのじゃ。」
田口一等卒
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