たように姿勢を正した。同時に大勢《おおぜい》の兵たちも、声のない号令《ごうれい》でもかかったように、次から次へと立ち直り始めた。それはこの時彼等の間へ、軍司令官のN将軍が、何人かの幕僚《ばくりょう》を従えながら、厳然と歩いて来たからだった。
「こら、騒いではいかん。騒ぐではない。」
将軍は陣地を見渡しながら、やや錆《さび》のある声を伝えた。
「こう云う狭隘《きょうあい》な所だから、敬礼も何もせなくとも好《よ》い。お前達は何聯隊の白襷隊《しろだすきたい》じゃ?」
田口一等卒は将軍の眼が、彼の顔へじっと注がれるのを感じた。その眼はほとんど処女のように、彼をはにかませるのに足るものだった。
「はい。歩兵第×聯隊であります。」
「そうか。大元気《おおげんき》にやってくれ。」
将軍は彼の手を握った。それから堀尾《ほりお》一等卒へ、じろりとその眼を転ずると、やはり右手をさし伸《の》べながら、もう一度同じ事を繰返《くりかえ》した。
「お前も大元気にやってくれ。」
こう云われた堀尾一等卒は、全身の筋肉が硬化《こうか》したように、直立不動の姿勢になった。幅の広い肩、大きな手、頬骨《ほおぼね》の高
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