」
青年の顔には当惑の色が浮んだ。
「どうと云っても困りますが、――まあN将軍などよりも、僕等に近い気もちのある人です。」
「閣下のお前がたに遠いと云うのは?」
「何と云えば好《い》いですか?――まあ、こんな点ですね、たとえば今日|追悼会《ついとうかい》のあった、河合《かわい》と云う男などは、やはり自殺しているのです。が、自殺する前に――」
青年は真面目《まじめ》に父の顔を見た。
「写真をとる余裕《よゆう》はなかったようです。」
今度は機嫌の好《い》い少将の眼に、ちらりと当惑の色が浮んだ。
「写真をとっても好《い》いじゃないか? 最後の記念と云う意味もあるし、――」
「誰のためにですか?」
「誰と云う事もないが、――我々始めN閣下の最後の顔は見たいじゃないか?」
「それは少くともN将軍は、考うべき事ではないと思うのです。僕は将軍の自殺した気もちは、幾分かわかるような気がします。しかし写真をとったのはわかりません。まさか死後その写真が、どこの店頭にも飾《かざ》られる事を、――」
少将はほとんど、憤然《ふんぜん》と、青年の言葉を遮《さえぎ》った。
「それは酷《こく》だ。閣下はそんな
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