俗人じゃない。徹頭徹尾至誠の人だ。」
しかし青年は不相変《あいかわらず》、顔色《かおいろ》も声も落着いていた。
「無論俗人じゃなかったでしょう。至誠の人だった事も想像出来ます。ただその至誠が僕等には、どうもはっきりのみこめないのです。僕等より後《のち》の人間には、なおさら通じるとは思われません。……」
父と子とはしばらくの間《あいだ》、気まずい沈黙を続けていた。
「時代の違いだね。」
少将はやっとつけ加えた。
「ええ、まあ、――」
青年はこう云いかけたなり、ちょいと窓の外のけはいに、耳を傾けるような眼つきになった。
「雨ですね。お父さん。」
「雨?」
少将は足を伸ばしたまま、嬉しそうに話頭を転換した。
「また榲※[#「木+孛」、第3水準1−85−67]《マルメロ》が落ちなければ好《い》いが、……」
[#地から1字上げ](大正十年十二月)
底本:「芥川龍之介全集4」ちくま文庫、筑摩書房
1987(昭和62)年1月27日第1刷発行
1996(平成8)年7月15日第8刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房
1971(昭和46)年3月〜1
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