――と云うよりもお前の年輩のものは、閣下をどう思っているね?」
「別にどうも思ってはいません。まあ、偉い軍人でしょう。」
青年は老いた父の眼に、晩酌《ばんしゃく》の酔《よい》を感じていた。
「それは偉い軍人だがね、閣下はまた実に長者《ちょうじゃ》らしい、人懐《ひとなつ》こい性格も持っていられた。……」
少将はほとんど、感傷的に、将軍の逸話《いつわ》を話し出した。それは日露戦役後、少将が那須野《なすの》の別荘に、将軍を訪れた時の事だった。その日別荘へ行って見ると、将軍夫妻は今し方、裏山へ散歩にお出かけになった、――そう云う別荘番の話だった。少将は案内を知っていたから、早速《さっそく》裏山へ出かける事にした。すると二三町行った所に、綿服を纏《まと》った将軍が、夫人と一しょに佇《たたず》んでいた。少将はこの老夫妻と、しばらくの間《あいだ》立ち話をした。が、将軍はいつまでたっても、そこを立ち去ろうとしなかった。「何かここに用でもおありですか?」――こう少将が尋ねると、将軍は急に笑い出した。「実はね、今|妻《さい》が憚《はばか》りへ行きたいと云うものだから、わしたちについて来た学生たちが、場
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