でしょう。――僕と同じ文科の学生です。河合の追悼会《ついとうかい》があったものですから、今帰ったばかりなのです。」
 少将はちょいと頷《うなず》いた後《のち》、濃いハヴァナの煙を吐いた。それからやっと大儀《たいぎ》そうに、肝腎《かんじん》の用向きを話し始めた。
「この壁にある画《え》だね、これはお前が懸け換えたのかい?」
「ええ、まだ申し上げませんでしたが、今朝《けさ》僕が懸け換えたのです。いけませんか?」
「いけなくはない。いけなくはないがね、N閣下の額だけは懸けて置きたい、と思う。」
「この中へですか?」
 青年は思わず微笑した。
「この中へ懸けてはいけないかね?」
「いけないと云う事もありませんが、――しかしそれは可笑《おか》しいでしょう。」
「肖像画《しょうぞうが》はあすこにもあるようじゃないか?」
 少将は炉《ろ》の上の壁を指した。その壁には額縁の中に、五十何歳かのレムブラントが、悠々と少将を見下していた。
「あれは別です。N将軍と一しょにはなりません。」
「そうか? じゃ仕方がない。」
 少将は容易に断念した。が、また葉巻の煙を吐きながら、静かにこう話を続けた。
「お前は、
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