廻した。それから、――急にため息を洩らした。
室の壁にはどこを見ても、西洋の画《え》の複製らしい、写真版の額《がく》が懸《か》けてあった。そのある物は窓に倚《よ》った、寂しい少女の肖像《しょうぞう》だった。またある物は糸杉の間《あいだ》に、太陽の見える風景だった。それらは皆電燈の光に、この古めかしい応接室へ、何か妙に薄ら寒い、厳粛《げんしゅく》な空気を与えていた。が、その空気はどう云う訣《わけ》か、少将には愉快でないらしかった。
無言《むごん》の何分かが過ぎ去った後《のち》、突然少将は室外に、かすかなノックの音を聞いた。
「おはいり。」
その声と同時に室の中へは、大学の制服を着た青年が一人、背の高い姿を現した。青年は少将の前に立つと、そこにあった椅子に手をやりながら、ぶっきらぼうにこう云った。
「何か御用ですか? お父さん。」
「うん。まあ、そこにおかけ。」
青年は素直《すなお》に腰を下《おろ》した。
「何です?」
少将は返事をするために、青年の胸の金鈕《きんボタン》へ、不審《ふしん》らしい眼をやった。
「今日《きょう》は?」
「今日は河合《かわい》の――お父さんは御存知ない
前へ
次へ
全38ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング