れた。」
 中村少佐はこう云う間《あいだ》も、カイゼル髭《ひげ》の端《はし》をひねっていた。
「第×師団の余興? ああ、あのピストル強盗か?」
「ピストル強盗ばかりじゃない。閣下はあれから余興掛を呼んで、もう一幕臨時にやれと云われた。今度は赤垣源蔵《あかがきげんぞう》だったがね。何と云うのかな、あれは? 徳利《とくり》の別れか?」
 穂積中佐は微笑した眼に、広い野原を眺めまわした。もう高粱《こうりょう》の青んだ土には、かすかに陽炎《かげろう》が動いていた。
「それもまた大成功さ。――」
 中村少佐は話し続けた。
「閣下は今夜も七時から、第×師団の余興掛に、寄席《よせ》的な事をやらせるそうだぜ。」
「寄席的? 落語《らくご》でもやらせるのかね?」
「何、講談だそうだ。水戸黄門《みとこうもん》諸国めぐり――」
 穂積中佐は苦笑《くしょう》した。が、相手は無頓着に、元気のよい口調を続けて行った。
「閣下は水戸黄門が好きなのだそうだ。わしは人臣としては、水戸黄門と加藤清正《かとうきよまさ》とに、最も敬意を払っている。――そんな事を云っていられた。」
 穂積中佐は返事をせずに、頭の上の空を見上げ
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