には「ピストル強盗《ごうとう》清水定吉《しみずさだきち》、大川端《おおかわばた》捕物《とりもの》の場《ば》」と書いてあった。
年の若い巡査は警部が去ると、大仰《おおぎょう》に天を仰ぎながら、長々《ながなが》と浩歎《こうたん》の独白《どくはく》を述べた。何でもその意味は長い間《あいだ》、ピストル強盗をつけ廻しているが、逮捕《たいほ》出来ないとか云うのだった。それから人影でも認めたのか、彼は相手に見つからないため、一まず大川の水の中へ姿を隠そうと決心した。そうして後《うしろ》の黒幕の外へ、頭からさきに這《は》いこんでしまった。その恰好《かっこう》は贔屓眼《ひいきめ》に見ても、大川の水へ没するよりは、蚊帳《かや》へはいるのに適当していた。
空虚の舞台にはしばらくの間《あいだ》、波の音を思わせるらしい、大太鼓《おおだいこ》の音がするだけだった。と、たちまち一方から、盲人が一人歩いて来た。盲人は杖をつき立てながら、そのまま向うへはいろうとする、――その途端《とたん》に黒幕の外から、さっきの巡査が飛び出して来た。「ピストル強盗、清水定吉、御用だ!」――彼はそう叫ぶが早いか、いきなり盲人へ躍りか
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