。男女の相撲さえ禁じている将軍が、濡《ぬ》れ場《ば》を黙って見ている筈がない。」――そんな事を考えながら、叱声《しっせい》の起った席を見ると、将軍はまだ不機嫌そうに、余興掛の一等主計《いっとうしゅけい》と、何か問答を重ねていた。
 その時ふと中佐の耳は、口の悪い亜米利加《アメリカ》の武官が、隣に坐った仏蘭西《フランス》の武官へ、こう話しかける声を捉《とら》えた。
「将軍Nも楽《らく》じゃない。軍司令官兼|検閲官《けんえつかん》だから、――」
 やっと三幕目《みまくめ》が始まったのは、それから十分の後《のち》だった。今度は木がはいっても、兵卒たちは拍手を送らなかった。
「可哀《かわい》そうに。監視《かんし》されながら、芝居を見ているようだ。」――穂積中佐は憐むように、ほとんど大きな話声も立てない、カアキイ服の群《むれ》を見渡した。
 三幕目の舞台は黒幕の前に、柳の木が二三本立ててあった。それはどこから伐《き》って来たか、生々《なまなま》しい実際の葉柳だった。そこに警部らしい髯《ひげ》だらけの男が、年の若い巡査をいじめていた。穂積《ほづみ》中佐は番附の上へ、不審そうに眼を落した。すると番附
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