けない。そんな事を云っては×××すまない。」
「べらぼうめ! すむもすまねえもあるものか! 酒保《しゅほ》の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」
田口一等卒は口を噤《つぐ》んだ。それは酒気さえ帯びていれば、皮肉な事ばかり並べたがる、相手の癖に慣《な》れているからだった。しかし堀尾一等卒は、執拗《しつよう》にまだ話し続けた。
「それは敬礼で買うとは云わねえ。やれ×××××とか、やれ×××××だとか、いろんな勿体《もったい》をつけやがるだろう。だがそんな事は嘘《うそ》っ八《ぱち》だ。なあ、兄弟。そうじゃねえか?」
堀尾一等卒にこう云われたのは、これも同じ中隊にいた、小学校の教師《きょうし》だったと云う、おとなしい江木《えぎ》上等兵《じょうとうへい》だった。が、そのおとなしい上等兵が、この時だけはどう云う訣《わけ》か、急に噛《か》みつきそうな権幕《けんまく》を見せた。そうして酒臭い相手の顔へ、悪辣《あくらつ》な返答を抛《ほう》りつけた。
「莫迦野郎《ばかやろう》! おれたちは死ぬのが役目じゃないか?」
その時もう白襷隊は、河原の向うへ上っていた。そこには泥を塗《ぬ》り固めた
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