兵は皆思いのほか、平生の元気を失わなかった。それは一つには日本魂《やまとだましい》の力、二つには酒の力だった。
 しばらく行進を続けた後《のち》、隊は石の多い山陰《やまかげ》から、風当りの強い河原《かわら》へ出た。
「おい、後《うしろ》を見ろ。」
 紙屋だったと云う田口《たぐち》一等卒《いっとうそつ》は、同じ中隊から選抜された、これは大工《だいく》だったと云う、堀尾《ほりお》一等卒に話しかけた。
「みんなこっちへ敬礼しているぜ。」
 堀尾一等卒は振り返った。なるほどそう云われて見ると、黒々《くろぐろ》と盛《も》り上った高地の上には、聯隊長始め何人かの将校たちが、やや赤らんだ空を後《うしろ》に、この死地に向う一隊の士卒へ、最後の敬礼を送っていた。
「どうだい? 大したものじゃないか? 白襷隊《しろだすきたい》になるのも名誉だな。」
「何が名誉だ?」
 堀尾一等卒は苦々《にがにが》しそうに、肩の上の銃を揺《ゆす》り上げた。
「こちとらはみんな死《しに》に行くのだぜ。して見ればあれは××××××××××××××そうって云うのだ。こんな安上《やすあが》りな事はなかろうじゃねえか?」
「それはい
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