露探だろう。おれにも、一人斬らせてくれ。」
田口一等卒は苦笑《くしょう》した。
「何、二人とも上げます。」
「そうか? それは気前が好《い》いな。」
騎兵は身軽に馬を下りた。そうして支那人の後《うしろ》にまわると、腰の日本刀を抜き放した。その時また村の方から、勇しい馬蹄《ばてい》の響と共に、三人の将校が近づいて来た。騎兵はそれに頓着《とんちゃく》せず、まっ向《こう》に刀《とう》を振り上げた。が、まだその刀を下《おろ》さない内に、三人の将校は悠々と、彼等の側へ通りかかった。軍司令官! 騎兵は田口一等卒と一しょに、馬上の将軍を見上げながら、正しい挙手の礼をした。
「露探《ろたん》だな。」
将軍の眼には一瞬間、モノメニアの光が輝いた。
「斬れ! 斬れ!」
騎兵は言下《ごんか》に刀をかざすと、一打《ひとうち》に若い支那人を斬《き》った。支那人の頭は躍るように、枯柳の根もとに転《ころ》げ落ちた。血は見る見る黄ばんだ土に、大きい斑点《はんてん》を拡げ出した。
「よし。見事だ。」
将軍は愉快そうに頷《うなず》きながら、それなり馬を歩ませて行った。
騎兵は将軍を見送ると、血に染《そ》んだ
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