いと思った。
「※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]《ニイ》、――」
 彼はそう云って見たが、「殺す」と云う支那語を知らなかった。
「※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]《ニイ》、殺すぞ!」
 二人の支那人は云い合せたように、じろりと彼を振り返った。しかし驚いたけはいも見せず、それぎり別々の方角へ、何度も叩頭《こうとう》を続け出した。「故郷へ別れを告げているのだ。」――田口一等卒は身構えながら、こうその叩頭を解釈した。
 叩頭が一通り済んでしまうと、彼等は覚悟をきめたように、冷然と首をさし伸した。田口一等卒は銃をかざした。が、神妙な彼等を見ると、どうしても銃剣が突き刺せなかった。
「※[#「にんべん+爾」、第3水準1−14−45]《ニイ》、殺すぞ!」
 彼はやむを得ず繰返した。するとそこへ村の方から、馬に跨《またが》った騎兵が一人、蹄《ひづめ》に砂埃《すなほこり》を巻き揚げて来た。
「歩兵!」
 騎兵は――近づいたのを見れば曹長《そうちょう》だった。それが二人の支那人を見ると、馬の歩みを緩《ゆる》めながら、傲然《ごうぜん》と彼に声をかけた。
「露探《ろたん》か?
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