忘れたように。
「だが裸にしてもないとすれば、靴よりほかに隠せないじゃないか?」
将軍はまだ上機嫌だった。
「わしはすぐに靴と睨《にら》んだ。」
「どうもこの辺の住民はいけません。我々がここへ来た時も、日の丸の旗を出したのですが、その癖家の中を検《しら》べて見れば、大抵|露西亜《ロシア》の旗を持っているのです。」
旅団長も何か浮き浮きしていた。
「つまり奸佞邪智《かんねいじゃち》なのじゃね。」
「そうです。煮ても焼いても食えないのです。」
こんな会話が続いている内、旅団参謀はまだ通訳と、二人の支那人を検べていた。それが急に田口一等卒へ、機嫌の悪い顔を向けると、吐《は》き出すようにこう命じた。
「おい歩兵! この間牒はお前が掴《つか》まえて来たのだから、次手《ついで》にお前が殺して来い。」
二十分の後《のち》、村の南端の路ばたには、この二人の支那人が、互に辮髪《べんぱつ》を結ばれたまま、枯柳《かれやなぎ》の根がたに坐っていた。
田口一等卒は銃剣をつけると、まず辮髪を解き放した。それから銃を構えたまま、年下の男の後《うしろ》に立った。が、彼等を突殺す前に、殺すと云う事だけは告げた
前へ
次へ
全38ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング