《てんまつ》を話した。が、将軍は思い出したように、時々|頷《うなず》いて見せるばかりだった。
「この上はもうぶん擲《なぐ》ってでも、白状させるほかはないのですが、――」
 参謀がこう云いかけた時、将軍は地図《ちず》を持った手に、床《ゆか》の上にある支那靴を指《ゆびさ》した。
「あの靴を壊《こわ》して見給え。」
 靴は見る見る底をまくられた。するとそこに縫いこまれた、四五枚の地図と秘密書類が、たちまちばらばらと床の上に落ちた。二人の支那人はそれを見ると、さすがに顔の色を失ってしまった。が、やはり押し黙ったまま、剛情《ごうじょう》に敷瓦を見つめていた。
「そんな事だろうと思っていた。」
 将軍は旅団長を顧みながら、得意そうに微笑を洩《もら》した。
「しかし靴とはまた考えたものですね。――おい、もうその連中《れんじゅう》には着物を着せてやれ。――こんな間牒《かんちょう》は始めてです。」
「軍司令官閣下の烱眼《けいがん》には驚きました。」
 旅団副官は旅団長へ、間牒の証拠品を渡しながら、愛嬌《あいきょう》の好《い》い笑顔を見せた。――あたかも靴に目をつけたのは、将軍よりも彼自身が、先だった事も
前へ 次へ
全38ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング