「何か、これは?」
「私《わたくし》は鍼医《はりい》です。」
髯のある男はためらわずに、悠然と参謀の問に答えた。
「次手《ついで》に靴《くつ》も脱《ぬ》いで見ろ。」
彼等はほとんど無表情に、隠すべき所も隠そうとせず、検査の結果を眺めていた。が、ズボンや上着は勿論、靴や靴下を検べて見ても、証拠になる品は見当らなかった。この上は靴を壊《こわ》して見るよりほかはない。――そう思った副官は、参謀にその旨を話そうとした。
その時突然次の部屋から、軍司令官を先頭に、軍司令部の幕僚《ばくりょう》や、旅団長などがはいって来た。将軍は副官や軍参謀と、ちょうど何かの打ち合せのため、旅団長を尋ねて来ていたのだった。
「露探《ろたん》か?」
将軍はこう尋ねたまま、支那人の前に足を止めた。そうして彼等の裸姿《はだかすがた》へ、じっと鋭い眼を注いだ。後《のち》にある亜米利加《アメリカ》人が、この有名な将軍の眼には、Monomania じみた所があると、無遠慮な批評を下した事がある。――そのモノメニアックな眼の色が、殊にこう云う場合には、気味の悪い輝きを加えるのだった。
旅団参謀は将軍に、ざっと事件の顛末
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