こには旅団参謀のほかにも、副官が一人、通訳が一人、二人の支那人を囲《かこ》んでいた。支那人は通訳の質問通り、何でも明瞭《めいりょう》に返事をした。のみならずやや年嵩《としかさ》らしい、顔に短い髯《ひげ》のある男は、通訳がまだ尋ねない事さえ、進んで説明する風があった。が、その答弁は参謀の心に、明瞭ならば明瞭なだけ、一層彼等を間牒にしたい、反感に似たものを与えるらしかった。
「おい歩兵《ほへい》!」
旅団参謀は鼻声に、この支那人を捉《とら》えて来た、戸口にいる歩哨を喚《よ》びかけた。歩兵、――それは白襷隊《しろだすきたい》に加わっていた、田口《たぐち》一等卒《いっとうそつ》にほかならなかった。――彼は戸の卍字格子《まんじごうし》を後に、芸者の写真へ目をやっていたが、参謀の声に驚かされると、思い切り大きい答をした。
「はい。」
「お前だな、こいつらを掴《つか》まえたのは? 掴まえた時どんなだったか?」
人の好《い》い田口一等卒は、朗読的にしゃべり出した。
「私《わたくし》が歩哨《ほしょう》に立っていたのは、この村の土塀《どべい》の北端、奉天《ほうてん》に通ずる街道《かいどう》であります。
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