。その光に透《す》かして見れば、これは頭部銃創のために、突撃の最中《さいちゅう》発狂したらしい、堀尾一等卒その人だった。
二 間牒《かんちょう》
明治三十八年三月五日の午前、当時|全勝集《ぜんしょうしゅう》に駐屯《ちゅうとん》していた、A騎兵旅団《きへいりょだん》の参謀は、薄暗い司令部の一室に、二人の支那人を取り調べて居た。彼等は間牒《かんちょう》の嫌疑《けんぎ》のため、臨時この旅団に加わっていた、第×聯隊の歩哨《ほしょう》の一人に、今し方|捉《とら》えられて来たのだった。
この棟《むね》の低い支那家《しないえ》の中には、勿論今日も坎《かん》の火《か》っ気《き》が、快《こころよ》い温《あたたか》みを漂わせていた。が、物悲しい戦争の空気は、敷瓦《しきがわら》に触れる拍車の音にも、卓《たく》の上に脱いだ外套《がいとう》の色にも、至る所に窺《うかが》われるのであった。殊に紅唐紙《べにとうし》の聯《れん》を貼《は》った、埃《ほこり》臭い白壁《しらかべ》の上に、束髪《そくはつ》に結《ゆ》った芸者の写真が、ちゃんと鋲《びょう》で止めてあるのは、滑稽でもあれば悲惨でもあった。
そ
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