その支那人は二人とも、奉天の方向から歩いて来ました。すると木の上の中隊長が、――」
「何、木の上の中隊長?」
参謀はちょいと目蓋《まぶた》を挙げた。
「はい。中隊長は展望《てんぼう》のため、木の上に登っていられたのであります。――その中隊長が木の上から、掴《つか》まえろと私に命令されました。」
「ところが私が捉《とら》えようとすると、そちらの男が、――はい。その髯のない男であります。その男が急に逃げようとしました。……」
「それだけか?」
「はい。それだけであります。」
「よし。」
旅団参謀は血肥《ちぶと》りの顔に、多少の失望を浮べたまま、通訳に質問の意を伝えた。通訳は退屈《たいくつ》を露《あらわ》さないため、わざと声に力を入れた。
「間牒でなければ何故《なぜ》逃げたか?」
「それは逃げるのが当然です。何しろいきなり日本兵が、躍《おど》りかかってきたのですから。」
もう一人の支那人、――鴉片《あへん》の中毒に罹《かか》っているらしい、鉛色の皮膚《ひふ》をした男は、少しも怯《ひる》まずに返答した。
「しかしお前たちが通って来たのは、今にも戦場になる街道《かいどう》じゃないか? 良民
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