ゃ》な嚢の底に、無数の卵を産み落した。それからまた嚢の口へ、厚い糸の敷物を編んで、自分はその上に座を占めながら、さらにもう一天井《ひとてんじょう》、紗《しゃ》のような幕を張り渡した。幕はまるで円頂閣《ドオム》のような、ただ一つの窓を残して、この獰猛《どうもう》な灰色の蜘蛛を真昼の青空から遮断《しゃだん》してしまった。が、蜘蛛は――産後の蜘蛛は、まっ白な広間のまん中に、痩《や》せ衰えた体を横たえたまま、薔薇の花も太陽も蜂の翅音《はおと》も忘れたように、たった一匹|兀々《こつこつ》と、物思いに沈んでいるばかりであった。
 何週間かは経過した。
 その間に蜘蛛の嚢の中では、無数の卵に眠っていた、新らしい生命が眼を覚ました。それを誰より先に気づいたのは、あの白い広間のまん中に、食さえ断《た》って横《よこた》わっている、今は老い果てた母蜘蛛であった。蜘蛛は糸の敷物の下に、いつの間にか蠢《うごめ》き出した、新らしい生命を感ずると、おもむろに弱った脚を運んで、母と子とを隔てている嚢《ふくろ》の天井を噛《か》み切った。無数の仔蜘蛛《こぐも》は続々と、そこから広間へ溢《あふ》れて来た。と云うよりはむしろ
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