芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)雌蜘蛛《めぐも》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)二三度|空《くう》を突いた。

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]
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 雌蜘蛛《めぐも》は真夏の日の光を浴びたまま、紅い庚申薔薇《こうしんばら》の花の底に、じっと何か考えていた。
 すると空に翅音《はおと》がして、たちまち一匹の蜜蜂が、なぐれるように薔薇の花へ下りた。蜘蛛《くも》は咄嗟《とっさ》に眼を挙げた。ひっそりした真昼の空気の中には、まだ蜂《はち》の翅音の名残《なご》りが、かすかな波動を残していた。
 雌蜘蛛はいつか音もなく、薔薇の花の底から動き出した。蜂はその時もう花粉にまみれながら、蕊《しべ》の下にひそんでいる蜜へ嘴《くちばし》を落していた。
 残酷な沈黙の数秒が過ぎた。
 紅い庚申薔薇《こうしんばら》の花びらは、やがて蜜に酔《よ》った蜂の後へ、おもむろに雌蜘蛛の姿を吐《は》
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