ッホの向日葵《ひまわり》にも、ウォルフのリイドにも、乃至《ないし》はヴェルアアランの都会の詩にも頗《すこぶ》る冷淡に出来上っている。こう云う粟野さんに芸術のないのは犬に草のないのも同然であろう。しかし保吉に芸術のないのは驢馬《ろば》に草のないのも同然である。六十何銭かは堀川保吉に精神的|饑渇《きかつ》の苦痛を与えた。けれども粟野|廉太郎《れんたろう》には何の痛痒《つうよう》をも与えないであろう。
「堀川君。」
パイプを啣《くわ》えた粟野さんはいつのまにか保吉の目の前へ来ている。来ているのは格別不思議ではない。が、禿《は》げ上《あが》った額《ひたい》にも、近眼鏡《きんがんきょう》を透《す》かした目にも、短かに刈り込んだ口髭《くちひげ》にも、――多少の誇張を敢てすれば、脂光《やにびか》りに光ったパイプにも、ほとんど女人《にょにん》の嬌羞《きょうしゅう》に近い間《ま》の悪さの見えるのは不思議である。保吉は呆気《あっけ》にとられたなり、しばらくは「御用ですか?」とも何とも言わずに、この処子《しょし》の態《さま》を帯びた老教官の顔を見守っていた。
「堀川君、これは少しですが、……」
粟野さん
前へ
次へ
全22ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング